717d4ecb No.1216
上流階級の貴族達が集まるパーティーが開催されるという話を耳にした俺は、そこに潜入して金目の物をスリまくるという計画を立てていた。
バレれば間違いなく極刑になることは分かっていたが、もはやそうする以外に手が無いほどに俺は借金地獄に追い詰められていたのだ。
しかし4人目に差し掛かったところでバレてしまった俺は文字通り死に物狂いで必死に逃げ続け――会場から抜け出した先の階段で誰かとぶつかったと思った次の瞬間、世界の何もかもが様変わりしていた。
「ふえ……?あなただあれ?ど、どうしてワカバと同じかっこうしてるの……?」
目の前には肥満体のカラダを執事服に無理やり押し込めた不格好なおっさんがへたり込んでいて、そいつは顔に似合わないようなあどけない口調で俺の方を指さしている。
訳が分からないといった様子の彼……否、"彼女"同様に俺も混乱の最中にいたが、それでも状況証拠から自身が置かれている状況を少しずつ把握することができていた。
異様なまでに軽く思える全身の感覚。その全身を包んでいる着た覚えのないフリフリのドレス。そして本来なら見れるはずも無い、『他人』の目から見る『俺自身』の姿。
まるで夢のようなその推測を確かめるべく、視線を真下に降ろしてがばっとドレスの胸元を開いてみせる。
「……無い?」
予想外に、胸元にあるんじゃないかと思っていた膨らみは存在していなかった。
てっきりこのパーティーに来てた貴族の女とでも入れ替わっちまったのかと思ったが……いや、股間に何かがあるという感じもしないし、呟いた声もあどけなく甲高い声に変わっている。恐らくはお嬢様なんかの未発達な幼い身体なのだろう。
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そう、どうやら俺は入れ替わってしまったのだ。借金で首が回らなくなっていた禄でもない平民だった俺が、その対極にいる上流階級であろう貴族のお嬢様と。
正直面食らっていたが、こうして状況を理解できてくると混乱よりも喜びがふつふつと込み上げてくる。
「ひひっ、ガキの癖して綺麗な乳首してんなぁ♪ やっぱ普段から良いモン食ってるからか? よく見りゃ胸もちっとは膨らんでるみてえだし……んっ♡」
「な、なにしてるの!? ワカバと同じかっこうでそんなはしたないことしないでよぉ!」
膨らみかけの胸をつんつんと触ってその感触を愉しんでいたところ、裏返ったような野太い声によって水を差されてしまう。
この娘はワカバって名前なんだな。どうやらワカバちゃんは幼さ故か今の状況をまるで理解できていないようで、おっさんが幼女そのものの口調で喚く姿は滑稽すぎて"元"自分の身体ながら笑えてしまう。
そして当然、『俺』が置かれていた状況もこの娘は理解しているはずもないわけで。
階段の上から慌しい声と足音が近づいてくるのに気づいた俺は、"足止め"をするべくワカバちゃんに彼女自身のカラダを見せつけてやった。
「別に何したっていいだろ? 俺のカラダなんだからよぉ、あんっ♡ ほら、こうされるのが嫌なら力づくで止めてみろって♡ ほらぁっ♡」
「や、やめてってばぁ!」
未成熟ながらも確かな性感を伝えてくる乳房を堪能していると、煽りに乗ったワカバちゃんは勢いよく俺に飛びかかってきた。
自分がおっさんになっていることを未だに自覚していないせいか、無遠慮に圧し掛かってくる巨体の重さはかなりきついものがあったが――
「貴様、何をしているんだ! ワカバ様から離れろ!」
「きゃあっ!?」
凛とした声が響いたかと思うと、俺に覆いかぶさっていた巨体はむんずと掴まれてそのまま壁へと放り投げられていった。
ワカバちゃん……もとい元の俺の身体を引き剥がしてくれたこの女は、ついさっきまで俺を殺さんばかりに追いかけてきていた追手の内の一人だ。
メイド姿のすらりとした見た目からは想像もできないような怪力のようで、壁に叩きつけられた元俺の身体は白目を剥いたままピクピクと動かなくなってしまっている。
「ワカバ様、ご無事ですか!? お怪我などはございませんか!?」
「あ、ああ。俺……じゃなくて、ワカバは大丈夫だから……わぶっ!?」
「よかった……! これに懲りたらもう二度とお一人で何処かへ抜け出さないでくださいね!? もしワカバ様に何かあれば、私は……!」
とりあえずワカバちゃんに成りすましてやりすごそうと口を開いたものの、ぎゅっと抱き着いてきて押し付けられた胸によって言葉を遮られてしまう。
察するに、こいつがワカバちゃんの従者とかなんだろう。俺を優しく抱きかかえながら苦言を呈すその声は涙声になっていて、主と従者以上の関係すら感じさせられるような態度だった。
(そこまで大事な相手を自分の手でノシちまった上に、ワカバちゃんの身体を奪った張本人にこんなことしちまうなんて……くひひっ、こいつもバカな奴だよなぁ♪)
視界が遮られているので直接は見えないが、少しずつ集まってきた人によって元俺の身体がどこかへ運ばれているようだった。
どうやら懐に隠していた盗品も見つかってしまったようで、ひとまずパーティーの会場である屋敷の地下牢に放り込んでおこうなんて会話が聞こえてくる。
運良くワカバちゃんと入れ替わることができなければ、恐らくそうなっていたのは俺だっただろう。
そう思えば思うほどに、俺は偶然手に入れたこの身体を、貴族のお嬢様としての人生を本来の持ち主に返そうという気を無くしていった。