d8e90edf No.572
「クソっ、こんなことさせやがって。一発殴る報酬も追加しろ
」
「おおっ、その強気な台詞。バッチリです、清彦さん。いいですよ、その可愛い手でなら!」
敏明に強要されたポーズは、両手を頭に乗せたグラビアアイドルのようなものだった。強調するところのない身体の、何を見て喜んでいるのだろうか。そう思えば、この変態は脇で興奮しているらしい。
よし、いますぐに殴ろう。後頭部に置かれた、情けないほど小さくなった手。それを力いっぱいに握り込む。
「ああっ、清彦さん。まだ撮影中だから、腕は降ろさないで」
こんなことになるのなら、あんなものに応募しなければよかった。
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「春休みに旅行行きたいけど、金がねえなぁ……」
「ため息なんかついて。清彦、お前バイトしてなかったか?」
思いのほか、独り言が大きかったらしい。答えのでない悩みをクラスメイトに聞かれてしまった。俺はため息の余韻を残しながら、それに答える。
「この前使っちゃったよ。バイト代の入るタイミングも悪くてなあ。自転車操業も出来やしない」
金づかい荒いな、とでも思っていそうなジト目を向けられた。勝手にこちらの独り言に入りこんできてこの反応とは、何てヤツだ。趣味には金がかかるのだ。学生の身分では、手に入れられる金もそう多くはない。
「お、おい。睨むなよ。お前の顔怖いんだから」
別に殴りかかろうって訳でもないのに、大げさだ。男らしく俺のように、もう少し落ち着き払ってほしいものだ。ただこの慌てっぷりを見れば気が晴れる。わざとらしく、拳を握ってみせる。さらに挙動がおかしくなる。視線を右往左往させたあとで、何かを思いついたかのように口が開かれた。
「そうだ、掲示板。掲示板にアルバイト募集的なものが貼られていたんだ。報酬も即時で、高いって」
「話をそらすにしても、もう少しマシな嘘をつけよ。本当に殴るぞ」
「マジだって。ただ胡散臭すぎて今思い出したんだよ。依頼者はあの敏明だし」
敏明のことは、友人でも何でもないが、どんなヤツかは知っている。いや、この学校にいるのならば、知らないヤツはいないだろう。なぜかこの程度の学校にいる、稀代の天才。数学、工学、薬学、果てはオカルト界隈にも、影響を及ぼす人物。怪しげな発明品が起こすトラブルで、良くも悪くも有名だった。
俺はこの依頼を受けることにした。報酬があまりにも魅力的だった。
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金曜日の放課後、俺は指定された化学準備室に向かう。特別待遇の敏明は、授業で全く使われないそこを根城としているらしい。結局、この募集に応募したのは俺だけだったようだ。まあこの案件は、星5と星1のレビューが混在する店のようなもの。あの敏明の依頼だ。何が飛び出してくるか、わかったものではない。
扉を開けて部屋に入るとすでに、小太りの男、敏明が赤の映えるゲーミングチェアに座り、俺を待っていた。勝手に持ち込んだものだろう。敏明はこちらに気がついて、音を立てながら立ち上がる。丸メガネの奥で目を爛々とさせながら、挨拶をかけてきた。
「初めまして、でいいですよね。清彦さん。僕の名前は、知っているかな。敏明です」
言葉の端々で変に区切れの多い話し方だ。応募する前に、コイツのことは少し聞き回っている。しかし、大した情報を集まらなかった。俺でも知っている噂に、尾ひれのついた話しか出てこなかった。出会ってみれば、イメージ通りの男だ。頭が良さそうなオタクっぽい変なヤツ。俺とはタイプが全然違う。
「ああ、初めましてだな。清彦だ。評判はそこそこ聞いてはいる」
「そこに座って、くれますか」
敏明は病院にあるような、キャスター付きの丸椅子を指さす。俺もゲーミングチェアが良かったのだが、敏明のそれには座りたくはない。学校の椅子よりも、当たり前に柔らかい椅子に腰を下ろした。
「それで、報酬はちゃんとあるんだろうな」
「気が早いですね、清彦さんは。僕はそこそこ、お金を持っているので、安心してください。報酬は今日の実験が終わったら、すぐに渡しますね」
「本当かっ。しかも今日」
あらかじめ知っていたことだとしても、声が大きくなる。拘束時間もタイムラグも、短いに越したことはない。
「正確には、わからないけど、今日中には終わるはずです。暗くはなる、かな。経過観察はするかもしれないけれど、2回目以降は、未定です」
「お、おう。報酬が貰えるのならば了解だ。それで、何をするんだ」
掲示板に貼られた募集依頼には何をされるのか、記されてはいなかった。そのせいで俺以外に誰も来なかったのだろう。せめてこの依頼が、高尾山登山程度のハードルであって欲しい。
「まだ言っていませんでしたね。表にできない理由も、あるんですよね。その前に、この契約書にサインして貰えます?」
1枚の紙を渡される。普通の紙とは異なる、ざらついた手触りの紙だ。中身を読む。大した文量のない内容をまとめると、実験内容の口外を禁止する、とあった。ただ異様なのは、ハンコではなく拇印が必要なことだ。
「心配しなくても、命の危機はありませんよ。拇印の朱肉も、ここにあります」
「何をするか教えて貰えないのか?」
「清彦さんは、顔に見合わず慎重派なんですね」
「なんだと」
明らかに出不精、喧嘩もしたことのないような敏明に舐められた。脅すつもりはなくとも、自身の声色がにわかに低くなる。敏明の物言いは正しい。しかし、怪しげな発明の噂がある。見下ろしている俺を前にしても、飄々と振る舞い続けることは、不気味に感じた。契約書があること自体が、やましいことがあるからだと思えてくる。慎重にならざるを得なかった。
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30秒ほど経って、敏明が折れた。ヤレヤレというように、首を横に振って口を開いた。
「じゃあ2つだけ。実験内容はこの薬を飲んでもらうこと。この契約書は、絶対に守られること。この2つだけは、伝えられます。どうですか?」
「く、薬」
治験だろうか。どんな影響があるか、わからないものを飲む気にはなれない。それに、契約書についての言い回しも何か引っかかる。
「命に影響はありません。元に戻れるように、作ってあります。この薬を飲みたい人はいくらでもいる、そんな凄い薬なんです。まだ、試作品ですけれど。清彦さん、何もエベレストに登れって、言っているわけではないんです。見知らぬ場所に行く、チャレンジだと思って」
敏明はさらに煽るように、懐から数枚の紙幣を取り出した。このくらい自分には何でもないかのように、ピラピラと渋沢で仰いでみせる。
「ぐぐ……。わかったよ。やるさ。安全なんだよな。バイト代はちゃんと弾めよ」
「薬を飲む前に契約書にサイン、してくださいね」
差し出された契約書とペンを奪い取り、自身の署名を殴り書く。机に置かれた朱肉を使って拇印を押したあとに、契約書を押しつける。
「これでいいだろ」
敏明は署名をされた辺りを確認し、そのまま折り畳んで部屋の隅の棚に入れた。そんなに雑な扱いでいいのだろうか。契約が成立したことがそんなに嬉しいのか、小躍りでもするようにこちらに戻ってきた。敏明は両手に持った透明なケースとペットボトルを、こちらに差し出してくる。
「はい。こっちの薬を一錠飲んでください。水は気を利かせて、富士山の水を買ってきました」
近隣の店では見たことのないペットボトルの蓋を開けて、薬を1つ手に取る。薄いピンク色をしたカプセル錠だ。ピンク色の薬なんてあるのだろうか。見るからに怪しすぎる。無機質にツルツルした感触も、気持ち悪く感じた。
「ほらっ、ささっとどうぞ。もう、契約は成立したし、飲まない訳にはいかない、ですけどね」
「はあ? えっ」
そのとき、俺の意思とは無関係に手が動き始めた。口の中にカプセルが放り込まれる。反射的にえずこうとするも、それが起こらなかった。流れ作業のように水が流し込まれる。胃まで薬が落ちきった位で、ようやく咳き込むことかできた。しかし、体内に入りこんだ薬を、もう外に吐き出すことはできなかった。
「なにを、した。ぐっ、身体が熱いっ」
高熱を出したかのように、全身が内側から熱くなる。俺の身体は床にくずおれてしまう。これが薬の影響だろう。毒を飲まされたのだ。後悔はすでに遅い。そこで意識は途絶えた。
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「おーい、清彦さん。起きて」
「ん……、はっ」
その声に一瞬で意識が覚醒する。敏明に飛びかかろうとするも、身体にまとわりつく布のようなものに足を取られた。再び身体を床に打ちつけてしまう。
「いたっ」
男らしくない、甲高い声をあげてしまう。薬とは別に、顔が熱くなる。
「大丈夫? 清彦さん。まだ薬の影響で意識がはっきりとしていないのかも、しれません。ゆっくりと、起き上がってみてください」
誰のせいだ、と言いたくなる。ここは拳で語ってやろう。もう一度ゆっくりと身体を起こす。汗のせいか、制服がまとわりつくように重い。立ち上がって、敏明を見上げる。あれ、コイツはこんなに大きかっただろうか。いや、俺の方が大きかったはずだ。その思考は敏明の喜びの声に遮られた。
「うん、うん。よしっ、成功です。さすがは僕」
敏明は謎の小躍りを始める。俺は何をされたんだ。
「敏明、お前、俺に何をした」
敏明は眉をひそめて、小首をかしげる。男がそんなことをしても、何も可愛くない。そのあとで、あっ、と手を叩く。
「そうです、ごめん。薬の説明、してなかったんだ。君に飲んでもらったものは、ロリ化薬」
ろりか薬? なんだそれは。そう口に出す前に、俺の顔を見た敏明が動き始めた。
「見てもらった、方が早いですよね。このために買ったんですよ、大きいミラー。今持ってきます」
敏明はヤツと同じくらいの、鏡としては馬鹿に大きいモノを運んでくる。目の前に置かれた鏡。そこに映るのは俺、ではなかった。
そこに映るのは、幼い少女。制服に埋もれた、茶色短髪の少女だ。大きな目を見開くこの子に、見覚えがある気がした。そうだ、幼いころの妹になんとなくだが似ている。
いやそうではない。そもそもこの子は誰だ。どこからさらってきたのだ。上はダブダブの制服を着せられてはいるが、下には何も身につけていないように見える。制服の隙間から、股間が見えてしまいそうだ。
「敏明、お前っ、なんてことを。犯罪だぞ」
調子が戻らないのか、声のピッチも変だ。ここは学校だ。俺がダメでも、助けを呼ぶことができる。
「あれ、まだ気がついていないの、ですか? よく見てください、ミラーを。君の男の姿はどこに?」
そんなことが起こりうるのか。鏡に一歩近づけば、その少女の姿が大きくなる。マッチほどの小さな違和感が、確信へと変わった。
「はぁぁ!? これが俺っ」
「ようやく、理解した。ロリ化薬の効果で、清彦さんは幼い少女に、なりました」
ロリ、化、薬。ようやく、その名前だけは理解した。
「いやいやいや、どういことだよっ。夢なのか。元に戻るんだよな」
「効果機構は秘密です。言えることだけ言えば、魔術と化学の融合の成果、ってこと。元にはちゃんと戻します。そう契約しましたし」
訳がわからない。知恵熱を出してしまいそうだ。しかし、これは現実らしい。柔らかくなった頬に、痛みと共に赤い跡がついたから。
「まずは、その格好をどうにしかしますか。あっちの部屋に服があるから、サイズの合うモノを適当に、身につけてきて、くださいね」
「何を言って」
まだ何かするのか。それよりも、こんなことは今すぐに終わらせたい。
「裸のままやるんですか? 僕もそれは流石に、気が引けて……」
「ここで辞めたっ、おい、勝手に動くな俺の足っ。くそっ、何をするかだけでも教えろ」
これも魔術、あの契約書のせいなのだろうか。ここでバイトを終わらせることは、不可能らしい。元には戻れるらしい事実を、せめてもの幸いと受け取る。さっさと終わらせよう。その前に、これから何をするかだけは聞き出したかった。俺の身体は頭だけを敏明に向けた状態で、不格好に隣の部屋へと進み続ける。緩みきったズボンを引きずりながら歩く俺に向けて、答えが返ってくる。
「撮影です。実験は、記録しないと。逃げられません、からね。出来るだけ早く戻ってきてくれると、ありがたいです。その間に僕は、準備をしていますね」
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野球部でも部室は1つしか持っていないのに、アイツは1人でいくつの部屋を、学校から与えられているのだろうか。存在さえ知らなかった部屋は、もはや敏明の自室と言っても過言ではなさそうだった。適当な棚を蹴っ飛ばしてやろうかとも思ったが、ひとまず怒りを収める。ろくなことが起こらない予感を感じたからだ。
敏明が言っていた服は、すぐに見つかった。それらしき棚を開いて見れば、多種多様な色をした、小さな服が収められていた。どれも新品らしい。中古だったら、それはそれで問題だ。
これらを見れば、敏明が金を無駄に持っていることは明らかだ。流石にアイツでも服飾の能力はない、と思いたい。この中から、1番シンプルなタンクトップを数枚引っ張り出す。サイズが若干異なる物を、だ。幸い、どちらの部屋も暖房が効いていて暖かい。他に用意された、フリルの付いた服や、日曜日の朝にやっているアニメキャラがプリントされたシャツを着なくてすんだ。
まず身につける前に、ぶかぶかで重たい制服を脱いだ。小さく、弱々しくなってしまった身体を確認する。肌の色は薄くなっていた。それでも、外で遊んでいる子どもくらいの色ではある、と思う。筋肉が萎んで締まったことも悲しかった。それでも、敏明の野郎を殴るくらいはできそうだ。最後に、意を決して、股間を見る。
「ぐぅ……。まあ、ないよな」
自分のチ○コがなくなっていた。ロリ、すなわち女になる。どうやったのか理解はできそうにもないが、これが現実だった。自分の身体とはいえ、初めて見る女性器。まじまじと見続けてしまうのは、最低な行為に思えた。
さっさと着替えを終えてしまおう。カラフルなタンクトップを着回す。1番サイズが合致した、ダークグリーンの物を身につける。
残りはパンツとズボン。スカートは論外だ。引きずって持ってきた俺のトランクスをこのまま履きたいところだが、尻にも引っかからない。ズボンで隠せるとはいえ、アイツの前にノーパンで出るのも癪だ。しかたがなく、無地の白いパンツを身につけた。触った瞬間に高級とわかる肌触りが、妙に癇に障った。ズボンは丈とサイズの関係で、ショートパンツになった。時期には合わない肌の露出が多い格好で、アイツの前に出るのは少し気がかりだ。それでも裸やスカートよりはマシ。唸るようにため息をついてから、敏明の元へと戻った。
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「戻ってきましたね。その格好、似合っています。活発な少女って感じで、とても、いいです」
「うるせえ。こんな姿で言われて、どうしろっていうんだ」
敏明は一眼レフを構えて待っていた。かなりのシロモノだ。あれで旅先の景色を撮影したいと思った。なんで敏明が持っているんだ。俺に財力を見せつけているのか。
「あれ、でもその服ってインナーじゃないですか?」
「はあっ、知るかよ」
子供服も女物の服も、俺が知るわけがない。ただそう指摘されてしまえば、恥ずかしいモノは恥ずかしい。思わず顔を背けた。
「別に、いいですよ。さっそく撮影会、実験を記録しましょう。まず、直立してください」
反抗してやりたかったが、できるわけもない。むしろ無駄に長引くだけだ。しぶしぶ、言うとおりに脇を締めて直立する。
敏明は、俺の周りをゆっくりと動きながら撮影を行う。こんなふうにカメラを向けられる体験は、初めてだった。どことなくカメラの向け方がネチっこくて、背筋に悪寒が走る。敏明はそんな俺の気も知らずに、カメラを構えたまま口を開く。
「撮影をしながら、質問もしますね。ポーズはまだ、そのままで。薬を飲んだ後って、どんな感じでした?」
「身体が熱くなった」
「もう少し詳しく。痛みとかはありましたか」
「風邪とかに近い感じだな。痛みはない。ただ、2度と飲みたくない」
「なるほど。次はそこの、椅子に腰かけて。適当にポーズを、とってみてください」
少し前まで座っていた丸椅子に着席する。高さが合わずに、足がブラブラと宙に浮く。ただ、ポーズと言われても困ってしまう。そもそも、ポーズは必要なのだろうか。単に膝の上に手をのせておく。
本当に何でもよかったのか、このポーズにも敏明は何も言わなかった。シャッターは止まらずに、切られ続ける。質問も続く。
「何か、気になったことってあります?」
「気になることだらけに決まっているだろ」
「薬のこと以外で」
「まあ、あるには……、いや、いいか」
1つ、あるにはあった。ただ、コイツに話さなくてもいいようなことだ。
「何です? 話してくださいよ。内容次第では、報酬アップ、です」
「報酬アップ……。いや、何となくこの姿、昔の妹に似ている気がするなと」
「清彦さんって、妹がいるんですね。ふーむ、確かにその茶髪とか、元々の面影がある気がしますね」
カメラを構えたまま、敏明は動きを止める。何かを考えているようだ。男から女になって、俺の面影と言われても自分ではわからない。妹に似ている気がしたので、敏明の発言は正しいのだろう。もともと女ぽかったと言われたような気がして、わすがに唇が引きつる。
「ということは……、薬を使った人物を、少女と仮定した姿にするのかな。もっと姿が変わる想定だったけど。そこは改良の余地あり、いやこのままでも……」
「おいなんだ、ブツブツ呟いて」
「ごめん、考察をしていました。重要な情報だったので、報酬アップです」
「よし。じゃあ、そろそろ終わりで」
「いやいや、まだまだ、可愛い姿を記録に残しますよ」
コイツ、薄々勘づいてはいたが、撮影を楽しんでいやがる。実験的な意味ではなく、女の子を撮るという意味でだ。その意味の視線を向けられている事実に、思わず舌打ちを零した。
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「その顔も、いいです」
「俺なんか撮って何が楽しいんだ。気持ちわりい。早く元に戻せよ」
「戻るのにはまだ、早いですね。報酬を払うんだから、もっと、ポーズをお願いします。そうだ、次は頭の上で、腕を組んでください」
俺の発言を全く意に介していないようだった。契約書の影響で、ここから逃げることはできない。仕方なく敏明の方へ身体を向けながら、言われたように腕を組む。
「おお、いい、いいですっ。少女が生の脇を見せる姿、最高です。なんだか、いい匂いが、しそうですね」
虫が足を這いずり登ってくるような、不快感が駆け巡る。うん、ヤバい、気持ち悪すぎる。世の中にはこんな視線を浴びる女性もいるのだろう。不憫でしかたがない。そしていま、俺がその不憫に曝されている。
「くそっ、こんなことさせやがって。一発殴る報酬も追加しろ」
「おおっ、その強気な台詞。バッチリです、清彦さん。いいですよ、その可愛い手でなら!」
よし、いますぐに殴ろう。頭に置かれた、情けないほど小さくなった手。それを力いっぱいに握り込む。
「ああっ、清彦さん。まだ撮影中だから、腕は降ろさないで」
「うるせえ」
敏明の贅肉のたまった腹に向けて腕を振るう。パンチはちゃんと入った。しかしこの身体では、アイツへのダメージはたかが知れていたようだ。
「痛っ、けれど、こういうのも乙ですね」
むしろ喜んでさえいるようだ。少しだけダメージが入ったことに、こちらも喜ぶべきなのだろうか。いや、かわりに毛虫を触ったかのように、手足が身震いした。
「清彦さんから、触ってきたんですよ。じゃあ次は、僕らからも」
「触ったって、殴っただけで。近づくなっ、ロリコン野郎」
元のカラダでは見下ろしていた敏明の身体。今の俺の体躯では、見上げるほどに大きい。足がすくんでしまった。そのわずかな隙が、致命的だった。バッ、と腕を広げた敏明に、距離を詰められた。腹回りのわりには細い指で、脇の下を掴まれる。そして持ち上げられた。弱々しい少女の身体を持ち上げることは、敏明のような男の力でも十分だった。身体が密着する。間近で敏明の体臭を感じ取ってしまう。すえたモノがわずかに混じった病院のような匂い。反射的に足がばたついて、意に反して悲鳴が漏れた。
「離せ、離せよっ」
「いや、触り始めたばかりですよ。あれっ、清彦さん、泣いているんですか」
「そんなわけ」
思わず指で目元を触る。確かに液体が指に触れた。これは汗だ、汗だと思いたかった。こんなことで、俺が涙を流すなんて。
「清彦さんって、泣きやすい性質なんですか?」
「そんなわけ、あるかっ」
「ですよね。僕でもなんとなく、わかります」
その声色はどこか機械的だった。先ほどよりも不気味に思えた。涙がまた一筋、頬を流れ落ちる。
「性格の確認は、後でするとして。うーん、メンタル面にも、影響がでているって、ことでしょうか。ここら辺も改善の余地有りか」
「はやく、離せよぉ」
どうやって逃げればいいのか、その思考が上手く働かない。無意味な行動しかとれない。俺は情けなく、地に着かない足をバタつかせているだけだった。
「可愛い子を怖がらせる趣味は、ないんです。うーん、笑わせる、そうだ」
ようやく俺の足が床についた。すこしだけ呼吸が落ち着く。しかし、敏明の手は脇の下に置かれたままだ。
「こうやって、コチョコチョと」
「何をして、アハハッ」
脇をくすぐられ始めた。ミミズが這うような手つきなのに、笑いがこぼれてしまう。
「僕は手先が、器用なんですよ。実験には細かな手作業が必要なので。上手くいって、よかったです。笑ってますから、成功ですね。まだまだ、続けますよ」
マズイ、本当に上手だ。笑いたくないのに、笑いが止められない。涙が、次第に笑い泣きへと変わっていった。
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そこからどれくらい笑わされただろうか。腹筋が痛い。影響が残るか知るはずもないが、残るのならば明日の筋肉痛は確定だ。指が止まっても、ヒッヒッと乱れた呼吸がすぐに戻らない。落ち着いたところで、こちらを観察するように待つ敏明に声を投げた。
「死ぬかと思った。これで、終わりだよな」
「いや、もう少しだけ。もっと詳しく、身体を触らせて欲しくて……」
「ダメだっ」
敏明の言葉を遮るようにして口を開く。アイツの顔が少し火照って見えた。悪寒で震える左腕を、無意識的に右手で掴んだ。何を言っているんだ。耐えられるわけがない。この恐怖は、バンジージャンプをしたとき以上のものだ。
「ですよね。そう言うと思って。はい、これを嗅いでください」
突然の行為に、頭を反らして逃げることもできなかった。わずかに甘い香り、それを認識した瞬間、身体の強ばりが緩んでいく。安心感という物体を押しつけられたように、感情が強引に切り替えられる。
「敏明ぃ、なにを、したぁ」
「拒否されそうだったので、精神を落ち着かせる薬を少し。笑気ガスみたいな、ものです。大丈夫、副作用とか依存性はないので」
力の抜けた身体を、また敏明に持ち上げられる。足が宙に浮く。その感覚で、頭の中がさらにフワフワとしてくる。このままいいように、されたくない。しかし、抵抗するような力は次第に目減りしていく。気をしっかりと持つぐらいのことしか、できなかった。フラフラと運ばれて、アイツのゲーミングチェアの上に降ろされる。
グッタリとした身体は背もたれに寄りかかる。見下ろしてくる敏明を睨みつける。それが気の抜けた少女の身体で行える、精一杯。そうしたところで、本来の俺の顔とは異なり、威圧感を与えることはできない。
「ギリギリ気丈に見せているって顔も、可愛いです」
「気色悪い目で、見るな」
「じゃあ、触覚の検査を始めますね。本当は、あの薬無しでやりたかったんですけど、しかたがない」
「やめっ」
伸びてきた手を払いのけようとした。しかし俺の右手はただ、アイツの腕に触れただけに終わる。まるでプレイの一環として甘えるような、形だけの抵抗にしか見えない。屈辱的だ、そう思えたはず。しかし、ここでなら流れるはずの涙は流れなかった。
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ダークグリーンのタンクトップは、俺の身体に汗で張り付いていた。その上から胸を触られた。ぞわっと、経験のない感覚が走る。
「ねえ、清彦さん。乳首、勃起していませんか?」
「そんなっ、わけ、あるかっ」
鏡を見るまでもなく、顔が赤くなっていくことがわかった。まるで俺が期待しているみたいじゃないか。違う。そんなわけがない。そうだ、あの嗅がされた薬のせいだ。
「あれに、催淫作用はないですし。まだ触れただけなのに、勃起するのも、違和感がありますね」
俺の心を見透かしたのか、それとも偶然か、考えはすぐさま否定されてしまう。余計なことまで探り当てそうなその口を、閉じていて欲しい。敏明はベラベラと、機械的に自身の考察を上げ連ねていく。
「いや、くすぐった時に長時間、身体には触れていましたね。くすぐりで快感を? 聞いたことがあるような気も。しかし、調べてみないと、わからないですね……」
俺が変態であるかのような言い草だ。ただ脇をくすぐられただけで、気持ちよくなったりなどしていない、はすだ。普段とは違う感覚に戸惑いはしたけれど、あれは快感ではない、はず。きっとそうだ。
1度そんなことを考えてしまえば、余計に意識が悪い方へと傾いていく。そこに感覚が向かってしまう。胸に置かれたままの敏明の手のひら。生暖かい感触が胸や、そして……乳首にも伝わってしまう。くすぐったさにも似た、妙なゾワゾワとした感覚。
「ロリ化薬に、感覚を鋭敏にする効果がある? そうだとしても、対象実験はどうすれば……。後で考えますか。ひとまず、こっちからです。乳首を弄っていきますね」
「やめっ、ひっ」
敏明の指が、服の上から乳首を弄り始めた。反射的に身体がはねてしまう。男の俺が、自分の乳首なんか触るわけがない。未知の感覚だった。男のモノとは異なる感覚を、快感と呼んでいいのか、まだわからない。
違う、違うはずだ。快感なはずがない。コイツに身体を弄られて気持ちよくなるはずがない。声が少し出てしまったのは、初めての感覚に驚いてしまっただけだ。これぐらいなら、声を抑えることはできる。男に戻ったら、コイツを思いっきり殴ってやるんだ。そう思えば時間もすぐに過ぎ去っていく、と思いたかった。
d8e90edf No.583
敏明はそのままずっと、ネチネチと乳首や、恐らくは乳輪の辺りを弄り続けている。時折こちらに質問を投げかけてくるのだが、無視を決め込む。アイツもアイツで、返答には期待していないらしい。俺の反応を見ることに、重きを置いている感じだ。無機質に観察するように。そして、ときどきニヤッとAVでも見るように。そんな目をしていた。
「では直接、乳首を弄りますね。清彦さんも、そろそろ、だと思いますし」
タンクトップを無理矢理脱がされる。未だに抵抗する力は戻らない。なすがままだ。
汗ばむ身体が大気に曝されて、すこしだけ心地よかった。わずかに、さわやかな甘い香りが漂う。反射的に頭をのけぞらせた。
「おまえ、くぅっ、またっ」
「なんのことです?」
敏明を睨みつけたが、どうにも違うらしい。先ほどの薬とは違う匂いだと、そこで気がついた。匂いの元はすぐ近く。いや、俺自身だった。体臭すらもフルーティーな、少女を思わせるモノに変わってしまっていた。燃える体温で蒸れた匂いには、キープアウトの内側にも似た、インモラルさがある。幸い敏明は気がついていない様子だ。しかし、別の事実が告げられる。
「身体は結構、赤くなっていますね。乳首も、ほら見てください。もっと、膨らみましたね」
どちらにしろ、俺にとっては最悪な事実だった。俺はそれを見ない。敏明のクソッタレな言葉はさらに続く。
「清彦さん、気がついています?」
「はあ……っ。なに、が」
匂いのことか。いや、コイツが鼻を鳴らしている様子はない。
「いや、身体は正直だなって。やっぱり、気がついていなんですね」
「ふーっ、はぁ……はぁ……」
何のことだ。いや、聞かない方が絶対にいい。そう直感する。耳を塞ごうと手を持ち上げる。しかし、身体は怠慢にしか動かない。遅かった。
「感じてますよね」
「そんなことっ」
「呼吸が、すごく荒いですよ。心拍数が上がっているのも、指から伝わっていました。認めてくださいね」
無意識に理解しないように、していた事実。それを敏明に叩きつけられた。上擦るような甘い吐息が、俺の耳にはっきりと届いてしまう。現実を認識してしまう。荒れた呼吸が元に戻らない。その声の持ち主が俺であることを、否定することができない。
「ちがっ、ちがう」
それでも、敏明にだけは否定しようと試みる。頭をユルユルと振る。駄々っ子のような姿だと、残りカスの理性が客観視する。でもその動きを、止めることはできなかった。
「やはり精神にも、影響があるみたいですね。本当に女の子みたいです。まあ、これくらいなら続けても、差し支えないでしょう」
d8e90edf No.584
敏明はそのまま行為を続行する。アイツの指が直接、俺の乳首に触れた。
「ひゃあっ」
男の俺が出しているとは、到底思えない嬌声。一度自分の身体が快感に浸っていると、そう認識してしまったら、歯止めが効かなくなる。明示される快感に身体はビクビクと、敏明を喜ばせるような反応を示していく。
乳首から全身に流れていく、確かに気持ちのいいモノ。男のアッサリとした快感とは別種のモノ。心をトロトロに溶かしていくような気持ちよさ。それに俺が落ちきってしまわないように、後どれくらい耐えればいいのだろうか。歯がカチカチと音を立てる。
「気持ちいい、ですよね」
「んうぅ、はぁ……ひあっ」
はい、とも、いいえ、とも言えない。しかしこのさえずりは、肯定以外の何物でもなかった。身も心も、甘い蜜の中に溺れていく。
俺の乳首を弄ぶ指は、次第にいやらしさを増していく。ほんのわずかに突き出た硬い乳首を、あくまでも優しく摘ままれた。
「ひぅっ」
衝撃に一瞬、呼吸が止まる。すぐに再開した呼吸には、ワントーン高い声が混じってしまう。
次に乳首を摘まんだまま、2本の指で表面を擦るように、細かく前後に動かされる。わずかな動きに反して、その効果は絶大だった。電気を流されたかのように、身体がビクビク痙攣する。首の力が抜けてしまい、頭が下へともたげていく。たらーっと、糸を延ばすような唾液がこぼれた。それが敏明の手に付着する。恥ずかしいと思うことすら、もうできなかった。
そのままどれくらい経ったのだろうか。思考はピンク色の霧の中にいるように、あやふやだった。浮かれるような声で、意識が突然呼び起こされる。
「すごく、そそる表情です。まぶたも痙攣して、可愛いですよ。そろそろ、次に進みましょう」
「あっ……」
気持ちよくしてくれた指が離れていく。視線は指と、紐で結ばれているかのように、それを追いかけた。
「まずは、服を全部脱がせましょうか」
パンツごとズボンを脱がされた。敏明はパンツだけを手に取り、広げて観察している。白の布地が元より濃く変色し、ぐちょぐちょに濡れていることが、俺にも見えた。汗だけで、あんなことになってしまったのか。下半身がグズグズとする。
「このパンティは、確保しましてと……。愛液の分泌は、確認できました。ヴァギナの感覚も、確かめましょう」
ヴァギナ、愛液? 何を言っているのか、少しの間理解できなかった。そうだ、俺の身体は女になったから、チ○コが無くなってしまったのだ。でも、愛液。あの液体は汗ではなく、愛液だと言われた。
「あっ、ちが」
パンツを仕舞いに行った敏明に、その小さな声は届かない。言葉で否定しようとも、五感ではそれが汗ではないモノだとわかってしまう。股の間から液体を垂れ流す感覚。お漏らしをしてしまった気になるが、そうではないと本能的に理解する。下の方から漂う匂いも汗とは違うモノだった。甘くなった体臭に、わずかに酸味のような生々しいアクセントが混ざっている。それを敏感にも捉えてしまった。
気持ちよくなっていたことは、もう否定しようがない。しかし愛液を流していたとなれば、また意味が違う。俺は男なのに、女として興奮していた。顔どころが脳みそまでも、マグマが張り付いたように燃え盛る。
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「どうやって、触診しましょうか。あれ、清彦さん、また首を振ってどうしたんですか?」
無意識に、そんな行動を取っていたらしい。顔の熱さが増していく。呼吸が変に乱れて落ち着かない。快感に溺れている間は、頭の隅にすらなかったもので思考が乱される。何をすればいいのか、わからない。
「あれ、また泣いて。どうしましょう。精神面はあまり、得意ではないんですよね。触診を進めましょう。気持ちよくすれば、泣きやむはずです」
また敏明に身体を持ち上げられた。何も抵抗できない。まるでお人形のような扱いだ。掴まれた脇から背筋に、フワフワしたモノが流れていく。敏明はヨタヨタと身体を180度回して、恥ずかしいほど液体が染みたゲーミングチェアに腰を下ろす。俺はそのまま、敏明の股の間に座らされた。何をされるのかと頭を上にむける。
「どうしたん、ですか」
何を言えばいいのかわからなかった。そもそも呼吸も乱れたままだ。敏明をぼんやりと、見つめることしかできない。
「そんなに潤んだ目で見られると、恥ずかしいですね。あー、なるほど、混乱で口が回らないって、ところですか。安心して、身を任せてください。喋ることができるようになったら、身体の状態を教えてくださいね」
視界の端で、敏明の腕が股間に伸びていくことが見えた。未だに思考がまとまらないのに、次なる快感への期待が身体を襲う。自然と股を広げてしまう。はぁー、はぁー、と呼吸が蕩けていく。
そんなところを触られるのは嫌なはずだ。普通ならそうだ。しかし求めてしまう。身体は未だに満たされずにいた。心もこの混乱からの開放を求めている。気持ちよくしてもらえば、全て解決する。本能で理解してしまう。俺はもう落ちきってしまったんだ。
敏明の指が俺のマ○コに触れた。
「あっ、ふぅ……」
気持ちいい……。初めての感覚だった。それでも、それが快感だとわかる。一瞬で頭の中が、またピンク色に染まっていく。
「ひぃあうぅ」
「まぶたが重そうですね。目がとろんと、してます。こちらもしっかりと、女性になっているようですね」
指がゆっくりと筋を撫でている。敏明の指紋すらも捉えられそうなほど、過敏だった。マ○コを中心に身体中、全身がトロトロの快感で包まれる。腰が溶けてなくなってしまいそう。心もいっしょに、ふにゃふにゃとしていく。負の感情は頭の中から消し飛んでしまったようだ。快感を受け入れるように脳が作り替えられている。そんな考えがわずかに浮かんで、すぐに消えた。
気持ちよくなるためならば、身体は意識とは裏腹に、心を辱めるらしい。視線は下へと向かう。ぼんやりとした視界で、弄られている最中のマ○コを捉える。
「あはぁ、ふぅー、んっ」
それを見てしまうと快感の勢いが増す。どこか、注射が刺される瞬間を見る気分に似ていた。新しく形成された俺のマ○コ。女にしかない器官。着替えの時はほとんど見なかった部位。そこをいま、気持ちよく弄られている。最上級に不貞で、背徳的な行為だろう。足場が崩れていくような感覚で、頭の中がグズグズと、また恐怖が押し寄せる。
そうなると俺は快感に逃げてしまう。それしかできない。身も心も任せてしまう。それが1番安心で、安全だから。そんな背徳と幸福の切り替えが、俺の中で何度も何度も繰り返された。上げて落として、また上げられる、ジェットコースターだ。その度にさらに蕩けていく。背徳と不快感が振り落とされて、幸福と快感だけが取り残されて蓄積していく。
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「次に進めますね。中を触りますよ」
「んああっ」
身体の中に異物が入りこむ感覚。にもかかわらずに、いままで1番気持ちよかった。どこか、心が満たされるような気持ちにもなる。
「はぁー……、はぁー……」
「きつい、ですね。大丈夫ですか?」
身体を内側から拡げられる感覚だ。大丈夫なわけがない。でも、もっと奥まで触って欲しい。もっと気持ちよくなりたい。
「むりやりぃ、いれ、てっ」
「む、無理矢理?」
「いい、からっ。いいか、らっ」
「わかりました。でも、ゆっくりいきますね」
俺の小さなマ○コに敏明の指が入ってくる。
「あっはぁ」
頭がバチバチとした。指が入るたびに、思考力がガリガリ削られていくみたい。気持ちいいこと以外が消えていく。
身体の動かし方もわからなくなっていく。快感に反応して魚のように飛び跳ねるだけ。
「おっと、身体抑えますね」
敏明は自身の胴体に押しつけようにして、片腕で俺の弱々しい身体を抱き留めた。アイツの体温が伝わってくる。ホットココアほどの暖かさだ。俺の熱ほどではないにせよ、興奮しているんだとわかってしまう。逃れられない。行くところまで行くしかない。カチッ、カチッ、とドミノが1つずつ置かれていく。
「けっこう奥まで、入りますね。処女膜は、形成されていないようです」
そんなこと、どうでもいい。マ○コは引き裂かれるほどの圧迫感を感じているのに、まだ何か満たされない。涎を股の辺りに垂らしながら、催促するように喉を鳴らした。
「どうしたんですか」
敏明はわかってくれない。指を突っ込まれているだけでも、脇をくすぐられたときよりも何も考えられなくなって、乳首を弄られたときよりも気持ちいい。それなのにまだ、もどかしい。腰がゆっくりと前後に揺れ動く。一滴ほどの力を振り絞るように、浅ましく。
「もっと触って欲しい、と。じゃあ、指をピストン、していきますね」
また、身体の中を擦りあげられる。視界がキラキラと明滅する。恍惚をもたらす異物感が、体内にギリギリ残る位置で、動きが止まった。ほんのすこしだけ、旅行の帰り道のような空虚感が頭を掠める。
「あっ、あぁ……。ひぐぅっ、き、たあ」
そんなものは、再度進行を始めた感覚に塗りつぶされた。
ゆっくりと、しかし俺にとって1番気持ちのいい速度で、マ○コをピストンされる。ぬちっ、ぬちっ、水音が耳に張り付く。聴覚すらも、優しく愛撫されている気がした。あらゆる感覚が快感を伝えてきて、それらが混ざり合っていく。
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「どうです。僕の声、聞こえてますか?」
「あっ、いっ」
たぶん、もっと気持ちよくしてもらえる。バネの壊れた人形のように、頭を上下に揺らしながら、辛うじて返事をする。焦点の合わない視界がグルグル回ったのに、それすら気持ちよさに思えた。
「聞こえている、みたいですね。そろそろ絶頂、しましょうか。たぶん、まだ完全に絶頂できてない、と推測しますが」
絶頂? 射精は、できない。今は女だから。わからない。女の絶頂って?
「絶頂。オーガズム。英語だとカムって、言いますよね。つまり来る、モノですね。このまま、絶頂したいと、来るモノを受け入れれば、絶頂できるはずですよ」
来るモノを受け入れる。
「ん、えっ?」
「もっと認めてください。気持ちいいってこと。口に出して、言葉にして、どんな状態か、僕に教えてください。そうすれば、絶頂できます。大丈夫です。外に声は聞こえませんから」
絶頂したい。いっぱい気持ちよくなりたい。もっと満たされたい。快楽でふやけた思考がすこしだけ、はっきりとする。もっと気持ちよくなるために、終わりかけのコマのような呂律がフラフラと回る。
「あっ、えっと、絶頂したいっ。敏明ぃ、もっとマ○コいじって、気持ちよくして。あふぅ、そこいぃ」
「どんなふうに、気持ちいいんですか? 例えば男性との違いとか」
「うんっ、こっちの方が、アッ、いいよぉ。えっとぉ、んっ、全部がビリビリ、ゾワゾワして、ひんっ、いいのっ。頭の中も、ふにゃふにゃってぇ」
自分でも何を言っているかわからない。浮かんだままに口から言葉がこぼれていく。本当に小さな女の子になったみたいに、つかみどころの無い喋り方しかできなかった。
「感情とかは? 涙を流しているのに、口角は上がって、笑顔になっていますね。どんな、気持ちなんですか」
「しあわせっ。でも、ひやぁ、ふわふわして、よく、わがんないっ」
「多幸感を感じている、てことでしょうか。内外の刺激が強すぎて、上手く処理できていない、感じもしますね」
「あと、あと、なんか切ない。みたされないっ」
「絶頂を、求めているってことですね。ありがとうごさいました。もう喋らずに、気持ちいいことだけ、考えましょう」
頭が切り替わる。脳の大部分が機能不全に陥り、気持ちいいことだけしか考えられなくなる。
「こことか、気持ちいいですよね?」
「ひゃぁぁっ」
頭の中でバチッとする。いままでで1番気持ちよかった。わからない、よくわからないけれど、弱点みたいなところを触られた。その部分をグニグニと、器用に弄られ続ける。
頭の中で何かが大きくなっていく。いや、近づいているのかもしれない。快感を与えられるたびに、次第にそれがはっきりとしていく。それが絶頂だ。
全身で受け入れる準備を始める。相反して、淫らに犯され続けた、鮮明な五感が鈍くなっていく。視界で何を見ているのかわからない。耳にも届く音が理解できない。口の開閉や今どんな体勢かもあやふやに消えていく。わかることはただ、気持ちいいということだけ。
準備は終えた。だから、絶頂がやってきた。
「あ、あああっ、くる、くる、くるっ。あああっ」
人生最大の気持ちよさが全身で味わう。頭が真っ白になる。心には言いようのない幸福感。そして、それに包まれているような安心感。ようやく満たされた。満たされた。
ドミノは完成し、ようやく崩された。もう何も残すものはない。意識はどっぷりとしたところに溶けていった。
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「ううう゛」
「清彦さん、目が覚めましたか」
男の声がする。俺は何をしていたんだ……。
「お前っ」
少しだけ記憶がフラッシュバックして、意識がすぐに晴れていく。カエルのように飛び跳ねて、床から立ち上がる。俺は敏明の頭頂部を見ることができた。そういえばと、声も低くなっていることに気がつく。胯間は触る。ある。ちゃんとある! 俺の身体が男に戻った。
「うわっ、びっくりした。どうしたんです」
「どうしたんです、じゃねっ。しかも俺、裸じゃねえか」
「服を着せるのは、無理だったんです。着替えはそちらに」
股間を隠しながら、早歩きで着替えの元へと向かう。身体はインフルエンザ明けのように酷くだるく、足取りがおぼつかない。ひとまず、トランクスだけを身につけてから敏明の元へと向かう。
「気分はどうですか」
「クソ、最悪だっ。まだふらつくし」
「流石に、弄りすぎましたね。安静時のデータも欲、痛っ」
「変なこと思い出させるなっ」
敏明の腹を1発殴ってやった。アイツは少しだけヨタヨタと後退する。床の味の調査でもさせてやる予定だったのに、全く威力が足らない。本調子からはほど遠い。
殴った後で、思い浮かびそうな記憶を頭を振って、消し飛ばす。しかし、辱められた強烈な出来事を、振り払うことはできなかった。頭への震動とが合わさって、気分がドブ沼のように深く重くなる。胃の中の物は全てエネルギーに変換されたのか、吐ける物がないことが幸いだ。
まだ足りない。殴って発散だ。しかし、敏明へと伸びた腕は不思議なクッションのような物に阻まれる。
「1発は報酬として、いいですけど、2発目はちょっと……。殴られるのって、やっぱり、痛いですね」
敏明の発明だろう。今の俺がこれを突破するのは無理だろう。わざとらしく大きく息を吸って、気持ちをリセットする。部屋の匂いはもう、わずかな薬品臭しかしない。
「他の報酬も寄こせ」
「はい、どうぞ」
1回のバイト代とは思えないほどの大金が渡される。これを見て旅行計画を夢想すれば、少しだけ溜飲も下がる。
「おっと、もうこんな時間です。リアルタイムでアニメが、見られなくなってしまう。僕は先に帰ります。何かあったら、ここに電話を、ください」
携帯の電話番号が書かれたメモを渡される。捨ててやりたいが、念のため登録しておいた方がいいだろう。
「それじゃあ、清彦さん、さようなら」
俺が何かを言う前に、敏明は走り出してしまった。壁にかかった時計を見ればもう23時前だ。自分のスマホを開いてみれば、案の定親からいつ帰るのかと、連絡が来ている。さっさと着替えて俺も帰ろう。
廊下に出て、化学準備室のドアをストレス発散がてらに、叩くようにおもいっきり閉めてやる。立て付けの悪いドアは、低い音を立てて止まり、完全には閉まりきらなかった。虚しい。ドアをゆっくりと押して、閉め直す。学校の中には誰もいないのだろうか。物足りなさを感じるほどに静かだ。フラフラと帰路につく。とんでもないことをしてしまった。こんな体験はもう十分だ。しかし俺には、敏明との縁がこれからも続く予感がしていた。